メタン (独 : Methan [† 1] 、英 : methane [† 2] )は、無色透明で無臭の気体 (常温の場合)。天然ガス の主成分で、都市ガス に用いられている。メタンは最も単純な構造のアルカン で、1個の炭素 原子 に4個の水素 原子が結合してできた炭化水素 である。分子式 は CH4 。和名 は沼気 (しょうき)。CAS登録番号 は [74-82-8]。カルバン (carbane) という組織名が提唱されたことがあるが、IUPAC命名法 では非推奨である。
構造
メタンの分子 は炭素が中心に位置する正四面体 構造をしている。炭素‐水素間の全てがσ結合 で結合しており、π結合 が存在しないため、sp3 混成軌道 を取り、結合角は109゚である。
物性
メタンの常圧 での融点 は −183 ℃、沸点 は −162 ℃であり、常温 常圧では無色、無臭の気体 として存在する。メタンは常圧での沸点が比較的低いうえに臨界温度 も-82.4 ℃と低いため、20世紀中頃の技術ではメタンを液化 したまま安定的に貯蔵・運搬することが難しかった。そのため、当時は産地から気体のままパイプライン で輸送できる場所で利用されることがせいぜいであった[2] 。なお、常温常圧では空気に対するメタンの比重 は0.555であり、アルカンの中で唯一、空気 の平均密度 よりも小さい。
メタンそのものにはヒトに対する毒性が無いものの、高純度のメタンを吸入すれば酸素欠乏症 になり得るため注意が必要である[3]
製法
メタンは天然ガス から得られるほか、一酸化炭素 と水素を反応させることで工業的に大量に生産されている(「C1化学 」参照)。そのため、実験室 においてもガスボンベで供給されることが普通であるが、実験室的な生成法もいくつか知られている。
Al
4
C
3
+
12
H
2
O
⟶ ⟶ -->
3
CH
4
+
4
Al
(
OH
)
3
{\displaystyle {\ce {Al4C3 + 12H2O -> 3CH4 + 4Al(OH)3}}}
なお、この反応は不純物のため強烈な臭いを伴う。
CH
3
COONa
+
NaOH
⟶ ⟶ -->
CH
4
+
Na
2
CO
3
{\displaystyle {\ce {CH3COONa + NaOH -> CH4 + Na2CO3}}}
4
H
2
+
HCO
3
− − -->
+
H
+
⟶ ⟶ -->
CH
4
+
3
H
2
O
{\displaystyle {\ce {4H2 + HCO3^- + H^+ -> CH4 + 3H2O}}}
CH
3
COO
− − -->
+
H
2
O
⟶ ⟶ -->
CH
4
+
HCO
3
− − -->
{\displaystyle {\ce {CH3COO^- + H2O -> CH4 + HCO3^-}}}
反応
メタンは、光などの刺激によって励起 されたハロゲン元素 と反応し、水素原子がハロゲン原子に置換 される。この反応は激しい発熱反応である。例えば塩素 との混合気体を常温中で直射日光に曝すだけで発火する。
また、メタンを完全燃焼させると、1 molの二酸化炭素 と2 molの水になる。
CH
4
+
2
O
2
⟶ ⟶ -->
CO
2
+
2
H
2
O
{\displaystyle {\ce {CH4 + 2O2 -> CO2 + 2H2O}}}
一方、メタンの不完全燃焼 の場合、一酸化炭素 が発生し、水も生成する。
2
CH
4
+
3
O
2
⟶ ⟶ -->
2
CO
+
4
H
2
O
{\displaystyle {\ce {2CH4 + 3O2 -> 2CO + 4H2O}}}
用途
大きな用途の1つは燃料用のガス としてであり、都市ガス などに使用されている。もう1つはC1化学プロセスに使用する原料 としてである。また、メタンは高温の水蒸気 との反応で一酸化炭素と水素の混合気(合成ガス )を生じ、この混合気そのもの、あるいは単離した一酸化炭素や水素を各種化学プロセスの原料として使用する。
CH
4
+
H
2
O
⟶ ⟶ -->
CO
+
3
H
2
{\displaystyle {\ce {CH4 + H2O -> CO + 3H2}}}
この他に、液化メタンを燃料として使う宇宙ロケット を、IHI などが開発中である[4] 。
置換基
メチル基
メチレン基、メチリデン基
メチン基、メチリジン基
メタンを置換基 として見た場合は、メチル基 (1価)、メチレン基 (2価)、メチン基 (3価)と呼ばれる。
メチル基 (methyl group)
メタンから水素が1個取れたアルキル基 がメチル基 (CH3 −) である。項目: メチル基 を参照。
メチレン基 (methylene group)
メタンから水素が2個取れたアルケン基がメチレン基 (−CH2 −) である。
原子価の相手は同一原子でも(X=CH2 のような構造)、異なっていても(X−CH2 −Y のような構造)良い。前者の場合には、メチリデン基 (methylidene group) とも呼ばれる。
メチン基 (methine group, methyne group)
メタンから水素が3個取れたアルキン基がメチン基 (−CH<) である。
ただし原子価の相手が同一原子である HC≡X のような構造を持つ場合には、メチリジン基 (methylidyne group) とも呼ばれる。
C1化学
炭素数1の化合物には化学工業 において原料として重要な化合物が多く存在する。これらの多くがメタンから直接誘導される。これらの工業的な合成法については「C1化学 」参照。
以下に代表的なものを挙げる。
アルコール
アルデヒド
カルボン酸
ニトリル
メタンのハロゲン化物
フルオロメタン(フロン )類
クロロメタン類
ブロモメタン類
ヨードメタン類
トリハロメタン — 任意のハロゲン原子が三置換したメタン化合物の総称。前述のフルオロホルム、クロロホルム、ブロモホルム、ヨードホルムを含む。
天体
太陽系 最大の惑星である木星 は、その大量の大気に0.1%のメタンを含む。天王星 や海王星 もその大気に2%程度のメタンを含み、これらの星が青く見えるのはメタンの吸収による効果によると考えられている。土星の衛星 であるタイタン はその大気に2%程度のメタンを含むだけでなく、地表に液体メタンの雨が降り、液体メタンの海や川もあることが分かっている。また火星 の大気もメタンを痕跡量含む。
このようにメタンは宇宙ではありふれた物質であり、生物の存在しない惑星にも存在する。土星の衛星タイタンでは太陽系で唯一、大気中で活発な有機物の高分子化が発生していることがカッシーニ により確認され、メタンが生物由来でないことが強く推測される。
資源
1996年 のアメリカ地質調査所 の調査によるハイドレートの分布図 (黄色の点がガスハイドレートを示す)
油田 やガス田 から採掘されエネルギー源として有用な、天然ガス の主成分がメタンである。20世紀末以降の代替エネルギー としてバイオガス やメタンハイドレート が新エネルギー として注目されている。
起源
産出するガスは起源によって同位体 比と C1/(C2 + C3)(C1:メタン、C2:エタン、C3:プロパン)で求められる炭化水素比、含有する微量ガス比が異なり、組成を分析することで起源を知ることが可能である[5] 。天然のメタンを構成する炭素 12 C と 13 C の同位体 比は、98.9 : 1.1 とされ、起源有機物の同位体比、原油の熟成度、微生物分解の要因によって決定される[5] [6] 。また微量ガスは、ヘリウム の同位体比(3 He /4 He )、窒素(N )・アルゴン(Ar )比[7] など分析することで詳細に判別することが出来るとされている。
メタンハイドレート
メタンは排他的経済水域 や大陸棚 といった、海底や地上の永久凍土 層内にメタンハイドレート という形で多量に存在する。メタンは火山ガス でマグマ からも生成されるため、メタンハイドレートは環太平洋火山帯 に多く分布する。
2004年7-8月、日本の新潟県 上越市 沖で初めてメタンハイドレートの天然結晶 の採取に成功[8] 。2008年3月、カナダ 北西部のボーフォート海 沿岸陸上地域にて永久凍土の地下1,100mから連続生産に成功。2013年3月12日には、日本の愛知県 と三重県 の沖合で海底からのメタンガスの採取に成功した。
バイオガス
メタンは火山活動で生成される以外にもメタン産生菌 の活動などにより放出されるため自然界に広く存在し、特に沼地などに多く存在する。メタンの和名の「沼気」は、これが語源である。大気中には平均 0.00022% 含有されている。このメタン産生菌を用いて生ごみ などを嫌気醗酵 させてメタンを得て、資源として利用することも実用化されつつある。実際にバイオガスの供給事業も始まっており[9] 、日本のバイオガス化市場規模は最大約2300億円と推計されている。シロアリ に共生する体内微生物によってもメタンが生成され、その量は、地球上で発生している全メタンの5〜15%と推定される[10] 。
カーボンニュートラルメタン
カーボンニュートラルメタン(CNメタン、Green Methane:グリーンメタン)は、再生可能エネルギーなどを使い製造したグリーン水素と、発電所や工場、バイオガスなどから排出される二酸化炭素を原料とし、二酸化炭素と水素からメタンを合成するメタネーション (Methanation)技術を使い製造した合成メタンのこと[11] [12] [13] 。
温室効果ガス
メタンは強力な温室効果ガス でもあり、同量の二酸化炭素 の28倍程度の温室効果をもたらすとされている[14] 。2021年開催の第26回気候変動枠組条約締約国会議 (COP26)ではメタン排出削減を目指す国際枠組みが発足し[15] 、翌2022年 11月17日には第27回気候変動枠組条約締約国会議 (COP27)でアメリカとEUがメタン排出の2030年 までの30%削減を目指す世界協定について150カ国以上が調印したことが発表された[16] 。天然ガス・石油 施設や炭鉱 といった大きなメタン排出源は人工衛星 からの観測で特定できるようになっている[17] 。
産業革命 以来、人工的な温暖化ガスの排出量が急激に増加しており、地球温暖化 が加速度的に進行していることが国際的な社会問題となっている。気象庁 の温室効果ガス世界資料センターによると、地球の大気 における平均メタン濃度は2020年に1889ppb で、産業革命前の2.6倍に増えた[15] 。
火山ガスであるメタンは、世界最大の火山帯である日本列島 および近海から常に大量に放出され続けていることに加え、気温が上昇すれば海底や永久凍土 中のメタンハイドレートが放出されることも懸念されるため、日本は積極的にメタンやメタンハイドレートを開発し、燃焼させるべきだとする意見もある。
ロシア などでは古くから天然ガスとして盛んにガス田 の開発が行われてきた。ガスはガス田から消費地に向けてパイプライン輸送 されるが、施設の老朽化によりガスが大量に大気中に漏出しているものとみられている。ロシアは漏出量を2019年時点で年間400万トンとしているが、国際エネルギー機関 では2020年に1400万トン近くが漏出したと推計している。2021年にはタタールスタン共和国 において、1時間当たり400トンに及ぶメタンガスがパイプラインから漏出していることが人工衛星のデータにより確認されている[18] 。
国連環境計画 (UNEP)が2021年5月に公表した『世界メタン評価』によれば、人類による排出で最も多いのは農畜産分野(40%)で、化石燃料 分野(35%)、ゴミ・排水処理など廃棄物分野(20%)が続き、排出削減の必要性を訴えている[15] 。牛 など、草食動物 のげっぷ にはメタンが含まれ、その糞 からもメタンが発生するため、牛が増えるとメタンガスも増えて温室効果 を助長するという説が広まり、大量の牛肉 を使用・廃棄しているハンバーガー 販売企業がバッシングされる事態も発生した。人口の10倍以上の家畜 を抱える酪農国のニュージーランド では、羊 や牛のげっぷを抑制するという温暖化対策を進めようとしたが、農民の反対を受けている[19] 。畜産はメタンガスの21%(げっぷ16%・糞尿5%)を排出していると言われている[20] 。日本の農研機構 は牛の胃から、牛のエネルギー源となるプロピオン酸 を多く産生してメタン発生量を抑える細菌を発見し、この菌を増やす飼料 やサプリメント 化を研究している[21] 。家畜排せつ物から発生するメタンは大気中に放出されれば温室効果ガスであるが、一方で発生したメタンを回収し、燃料や発電として利用すればカーボンニュートラルなバイオガスエネルギー、バイオマス資源となる[22] [23] [24] 。
酸素が乏しい湛水状態の水田では、気温の高い日が続くと土壌の還元が進みメタン生成菌 が活性化し有機物を分解することにメタンガスが発生する。この現象は「わき」と呼ばれる。発生した土中のメタンは稲の根から吸い上げられて稲の茎を通して大気中に排出される。また、この現象は水稲 の根の成長を妨げるため、「わき」を抑制するために古くから水田の水を抜き、土中に酸素を供給する中干しという作業が行われる。この中干しは慣行では茎数が有効茎数の 8~9 割に到達した時点で1週間~10日程度行われるが、その期間を1週間程度前倒しし、中干しの期間を長くすることでメタンの発生を抑えられる。実験では1週間程度延長した場合メタンの発生を30%削減できた。しかし、中干しを長くすると収穫量が3%程度減少した、一方で登熟歩合(全籾数に対する登熟した籾数の割合[25] )は向上し、米の品質は向上した[26] [15] 。
メタンは大気中の寿命が約12年(時定数 )で排出量の63.2%は分解され、分解量を超過する分が濃度上昇に反映される。このため、排出削減をすれば大気濃度がすぐに減少する[27] 。
脚注
注釈
出典
^ D.D. Wagman, W.H. Evans, V.B. Parker, R.H. Schumm, I. Halow, S.M. Bailey, K.L. Churney, R.I. Nuttal, K.L. Churney and R.I. Nuttal, The NBS tables of chemical thermodynamics properties, J. Phys. Chem. Ref. Data 11 Suppl. 2 (1982).
^ 中井 多喜雄 『知っているようで知らない燃料雑学ノート』(燃焼社 2018年5月25日発行 ISBN 978-4-88978-127-4 )pp.67 - 70
^ 中井 多喜雄 『知っているようで知らない燃料雑学ノート』(燃焼社 2018年5月25日発行 ISBN 978-4-88978-127-4 )p.67
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関連項目
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外部リンク