ハインラインが最初に書いた長編 For Us, The Living: A Comedy of Customs (1939) は生前には出版されなかったが、後に Robert James が原稿を探し出し、2003年に出版された。小説としては失敗作とされているが[5]、ハインラインの人間を社会的動物として見る考え方や自由恋愛への興味の萌芽が示されているという点で興味深い。後の作品群のテーマの萌芽が数多く含まれている。
売れなかった処女長編に続き、ハインラインは短編小説を雑誌に売り、その後長編が売れるようになった。初期の短編の多くは、政治・文化・技術革新などを含む完全な年表に従った《未来史》に属していた。その年表は1941年5月号のアスタウンディング誌に掲載されている。その後ハインラインは《未来史》とある程度一貫性を維持しつつも、自由に逸脱した小説を書くようになった。実際、《未来史》は現実に追いつかれてしまった。晩年になってハインラインは World as Myth として全作品を一貫して説明付けるようになった。
最初に出版された長編『宇宙船ガリレオ号』は月旅行を描いた小説だが、月はあまりにも遠いとして出版を拒否されたことがある。幸いにもスクリブナーズが出版してくれることになり、その後毎年クリスマスの時期にジュブナイルを出版するようになった[19]。そのうち8作品には Clifford Geary の独特なスクラッチボード風のイラストが添えられていた[20]。代表例として『大宇宙の少年』、『ガニメデの少年』、『スターマン・ジョーンズ』がある。これらの多くは雑誌には別の題名で連載され、その後単行本化に際して改題されている。例えば、『ガニメデの少年』(原題は Farmer in the Sky)はボーイスカウト雑誌 Boys' Life に Satellite Scout(衛星のボーイスカウト)として連載されていた。ハインラインがプライバシーを強固に守ったことについて、青少年向けの小説家として独特の私生活を秘密にしておくためだったという憶測がなされてきたが、For Us, The Living ではプライバシーに重点を置いた政治を主義として主張している[注釈 3]
ハインラインが青少年向けに書いた作品は "the Heinlein juveniles" と呼ばれ、青年期と大人のテーマの混合を特徴とする。これら作品で彼が描く問題の多くは、青年期の読者が経験するような問題と関連している。主人公は通常非常に聡明な10代の若者で、周囲の大人たちの社会の中で自らの道を切り拓く必要に迫られる。表面的には単純な冒険・達成の話であり、愚かな教師や嫉妬した同級生とのやり取りである。しかし、ハインラインは若い読者が多くの大人が思っているよりも洗練されていて、複雑で難しいテーマを処理できると考えていた。そのためハインラインの作品はジュブナイルであっても大人の鑑賞に耐えるレベルになっている。例えば『レッド・プラネット』では、若者による革命といった非常に過激なテーマを扱っている。編集者は、子供が武器を使用する場面や火星人の性別の誤認といった描写を変えるようハインラインに要求した。ハインラインはこのような制限をしばしば経験しており、表面的にその制限に従いつつ他のジュブナイルSFにはない考え方をその中に潜ませた[要出典]。
1961年(『異星の客』)から1973年(『愛に時間を』)まで、ハインラインはリバタリアニズム的な小説もいくつか書いている。この時期の作品は、個人主義、リバタリアニズム、自由恋愛といった最も重要なテーマを追求している。『異星の客』は出版されなかった処女長編 For Us, The Living: A Comedy of Customs にも見られた自由恋愛と過激な個人主義をテーマとしており、書き上げた後もしばらく出版されなかった[注釈 4]。『月は無慈悲な夜の女王』は月の植民地の独立戦争を描いたもので、政府によって個人の自由に突きつけられた脅威を描いている。
ハインラインはファンタジーをほとんど書いたことがなかったが、この時期に最初のファンタジー長編『栄光の道』を書いている。また、『異星の客』や『悪徳なんかこわくない』ではハードSFとファンタジー・神秘主義の融合を試み、宗教団体への皮肉も加えている。このような新たな方向性についてハインラインは James Branch Cabell の影響があったとしている。『悪徳なんかこわくない』について評論家ジェームズ・ギルフォードは「ほとんど一般的に文学的失敗とみなされている」とし、ハインラインは腹膜炎で作家としては死んだと結論付けた[24]。
『獣の数字』や『ウロボロス・サークル』は最初は緊張感のある冒険もののようだが、最後には哲学的ファンタジーとなっている。これを破綻と見るか、『異星の客』を始めとするマジックリアリズム的方向にSFの境界を広げようとする試みと見るかで評価が分かれる。あるいは、量子力学の文学的暗喩と見ることもできる(『獣の数字』は観察者効果を扱い、『ウロボロス・サークル』の原題The Cat who walks through Wallsはシュレーディンガーの猫を示している)。この時期の作品は《未来史》から枝分かれした World as Myth と呼ばれるシリーズに属するとされている[26]。
ハインライン作品は広範囲な政治的スペクトルを右に左に行ったり来たりしている。処女長編 For Us, The Living は主に社会信用論を扱い、初期の短編「不適格」ではフランクリン・ルーズベルトの市民保全部隊の宇宙版のような組織を描いている。ハインライン自身は若いころは非常にリベラルだった。後の『異星の客』ではヒッピーのカウンターカルチャーを称揚し、『栄光の道』は反戦を主張しているようにも読める。『宇宙の戦士』は軍国主義的で、ロナルド・レーガン政権時代に書かれた遺作『落日の彼方に向けて』は極めて右翼的である。『月は無慈悲な夜の女王』はリバタリアニズム的着想から書かれている。ただし、ハインライン自身がそれらの主張を信奉していたかどうかは不明である[28]。ただし左右どちらにしろ反権威主義という点においては一貫しており、最初のジュブナイル長編『宇宙船ガリレオ号』では裁判所命令を無視してロケット船に乗り込んで発射する少年たちを描いている。同様の状況は短編「鎮魂歌/鎮魂曲」にも描かれている。ハインラインはまた、宗教の政治への関与にも一貫して反対の立場だった。
ハインラインにとって個人の解放には性の解放も含まれ、1939年に For Us, The Living を書いたころから「自由恋愛」が大きな主題だった。初期作品はジュブナイルが多いこともあり、編集者や読者の目を考慮する必要があった。評論家ウィリアム・H・パターソンは、彼のジレンマについて「架空の司書のただの過度な過敏さから本当に好ましくないものを仕分けする必要があったことだ」としている[35]。中期になると『異星の客』(1961) では性の解放と性的嫉妬の排除が主要なテーマとなり、物語の進行と共に重要性を増していく新聞記者ベン・カクストンがジュバル・ハーショーとヴァレンタイン・マイケル・スミスの引き立て役となっている[要出典]。
Gary Westfahl は「ハインラインはフェミニストにとっては悩みの種である。一方では彼の作品には強い女性がよく登場し、女性は男性と同等かあるいは優れていることを明確に主張しているが、それらは一般的女性の極めてステレオタイプな態度を反映していることが多い。例えば Expanded Universe でハインラインは弁護士や政治家が全て女性という世界を描いているが、そこでは男性が真似できない神秘的な女性特有の実用性が強調されている」と記している[36]。
1956年には早くも近親相姦や子供の性を扱っている。10作品(『夏への扉』、『宇宙(そら)に旅立つ時』、『栄光の道』、『愛に時間を』など)で明示的または暗黙的に近親相姦や大人と子供の間の性的感情や関係を扱っている[37]。30歳の技師と11歳の少女がタイムトラベルによって共に大人になって結婚する作品とか(『夏への扉』)、父と娘、母と息子、兄と妹といった物議をかもす組み合わせが出てくる作品(『落日の彼方に向けて』)も比較的軽く描かれている。L・スプレイグ・ディ=キャンプやデーモン・ナイトはハインラインが近親相姦や小児愛を肯定的に描いている点について、好ましくないとコメントしており、それは The Heinlein Society のウェブサイト管理者も同意見である[37]。
1930年代から1940年代にかけて、ハインラインはアルフレッド・コージブスキーの一般意味論に惹かれ、関連するセミナーにもよく参加していた。その後彼の認識論についての見解はそこから発しているようで、最後の方の作品でも登場人物はコージブスキー的見解を表明し続けていた。「深淵」「もしこのまま続けば」『異星の客』といった多くの作品でサピア=ウォーフの仮説を発展させた見解を前提とし、正しく設計された言語を使えば精神を解放することができ、超人になることもできるとしている[要出典]。また、ピョートル・ウスペンスキーにも強く影響されている[5]。ハインラインの最盛期はフロイトと精神分析学が最ももてはやされた時代でもあり『宇宙に旅立つ時』などでは精神分析学の影響が強い。しかし、彼のジュブナイル小説をフロイト的な性的シンボルで読み解こうとした編集者がいたこともあり、ハインライン自身はフロイト派には懐疑的だった。ハインラインは1930年代に社会信用運動に魅了された。その影響は2003年に出版された1938年の小説 For Us, The Living: A Comedy of Customs に見られる。文化相対主義は強く支持しており『銀河市民』に登場する人類学者マーガレット・メーダーは明らかにマーガレット・ミードを意味している。第二次世界大戦中、文化相対主義は人種差別に対抗しうる唯一の知的枠組であり、ハインラインが人種差別を嫌っていたことは前述した通りである。これらの社会学または心理学の理論の多くは過去50年間に批判され、くつがえされ、修正されてきた。ハインライン作品を読む際にはその点を考慮する必要がある。
失われた遺産(ハインライン傑作選1) Assignment in Eternity (1953)(日本語版表題作「失われた遺産」の原題はLost Legacy、Assignment in Eternityは短編集としてのみの題で、作品のタイトルではない)
深淵 "Gulf" (1948)
時を超えて "Elsewhen" (1941)
失われた遺産 "Lost Legacy" (1941) ※ライル・モンロー名義で発表
猿は歌わない "Jerry Was A Man" (1947)
地球の脅威 The Menace from Earth (1959) - ハヤカワSFシリーズ。文庫版では改題し『時の門(ハインライン傑作選4)』(収録内容は同じ。表題作が変えられている。「時の門」の原題はBy His Bootstrapsだが、1958年のアンソロジーRace to the StarsではThe Time Gateという題で収録されており、邦題はそちらから採った可能性もある。)
大当たりの年 "The Year of the Jackpot" (1952)
時の門 "By His Bootstraps" (1941) - 文庫版における表題作
コロンブスは馬鹿だ"Columbus Was a Dope" (1947)
地球の脅威 "The Menace from Earth" (1957) - 原書、ハヤカワSF版における表題作
血清空輸作戦 "Sky Lift" (1953)
金魚鉢 "Goldfish Bowl" (1942)
夢魔作戦 "Project Nightmare" (1953)
"Water Is for Washing" (1947) - 未訳。邦訳版ではSF色がなく構成にそぐわないとの理由で割愛されている
輪廻の蛇(ハインライン傑作選2) The Unpleasant Profession of Jonathan Hoag (1959)(表題作が原書と邦書で異なる。「輪廻の蛇」の原題は「‘All You Zombies—’」、The Unpleasant Profession of Jonathan Hoagの邦題は「ジョナサン・ホーグ氏の不愉快な職業」)
ジョナサン・ホーグの不愉快な職業 The Unpleasant Profession of Jonathan Hoag (1942)
^保守的な選挙区で民主党左派の候補として奮闘したが、民主党の予備選挙で敗れた(For Us, The Living: A Comedy of Customs 2004年版のあとがき247ページ)。そのころコンラート・ヘンラインの名が新聞の見出しに出たことも影響したとしている。
^1つはポール・ディラックと反物質についての記事で、もう1つは血液の化学についての記事である。前者は Paul Dirac, Antimatter, and You という題で、後に Expanded Universe に収録された。この中でディラック方程式を間違って紹介しており、科学の普及者としての一面をよく表しているとともに物理学の素養のなさも露呈している。
^ハインラインがプライバシーを重視していたことは For Us, the Living などの小説にも現れているが、その行動にも現れていた。ハインラインは彼の作品を分析したアレクセイ・パンシンと諍いを起こしている。ハインラインはパンシンが「彼の行動を覗き込み、プライバシーを侵害している」として、パンシンを告発し、パンシンへの協力を取りやめた。ハインラインはパンシンの出版社に警告の手紙を出している。1961年のワールドコンに招待された際の講演で核シェルターを作って未登録の武器を隠すことを主張し、実際に自宅に核シェルターを作っている。ヌーディストでもあったため、サンタ・クルーズの自宅の周囲にフェンスを張り、『異星の客』に影響された人々に覗かれないようにした。年を経るに従って徐々にかつての左翼政治への関与を隠すようになり、サム・モスコウィッツがそうした情報を含む伝記を出版しようとするのを全力で阻止しようとした。Enter.net
^ abcWilliam H. Patterson, Jr. (1999). “Robert Heinlein—A biographical sketch”. The Heinlein Journal1999 (5): 7–36. Also available at Robert A. Heinlein, a Biographical Sketch. Retrieved July 6, 2007.
^William H. Patterson, Jr., and Andrew Thornton, The Martian Named Smith: Critical Perspectives on Robert A. Heinlein's Stranger in a Strange Land, p. 128: "His books written after about 1980 ... belong to a series called by one of the central characters World as Myth." The term Multiverse also occurs in the print literature, e.g., Robert A. Heinlein: A Reader's Companion, James Gifford, Nitrosyncretic Press, Sacramento, California, 2000. The term World as Myth occurs for the first time in Heinlein's novel The Cat Who Walks Through Walls.
James Gifford. 2000. Robert A. Heinlein: A Reader's Companion. Sacramento: Nitrosyncretic Press. ISBN 0-9679874-1-5 (hardcover), 0967987407 (trade paperback). - 全作品を網羅した書誌情報
William H. Patterson, Jr. and Andrew Thornton. 2001. The Martian Named Smith: Critical Perspectives on Robert A. Heinlein's Stranger in a Strange Land. Sacramento: Nitrosyncretic Press. ISBN 0-9679874-2-3.
Powell, Jim. 2000. The Triumph of Liberty. New York: Free Press. See profile of Heinlein in the chapter "Out of this World".
Tom Shippey. 2000. "Starship Troopers, Galactic Heroes, Mercenary Princes: the Military and its Discontents in Science Fiction", in Alan Sandison and Robert Dingley, eds., Histories of the Future: Studies in Fact, Fantasy and Science Fiction. New York: Palgrave. ISBN 0-312-23604-2.
George Edgar Slusser "Robert A. Heinlein: Stranger in his Own Land". San Bernardino, CA: The Borgo Press; The Milford Series, Popular Writers of Today, Vol. 1.
James Blish, writing as William Atheling, Jr. 1970. More Issues at Hand. Chicago: Advent:Publishers, Inc.
Ugo Bellagamba and Eric Picholle. 2008. Solutions Non Satisfaisantes, une Anatomie de Robert A. Heinlein. Les Moutons electriques (Lyon, France). ISBN 978-2-915793-37-6. (フランス語)
伝記
Robert A. Heinlein. 2004. For Us, the Living. New York: Scribner. ISBN 0-7432-5998-X. - あとがきに伝記的記述がある。
William H. Patterson, Jr. (1999). “Robert Heinlein - A biographical sketch”. The Heinlein Journal1999 (5): 7–36. - ハインラインの自伝的文章を集め、それに批評を加えたエッセイ