ウエストナイル熱 (ウエストナイルねつ、West Nile fever、西ナイル熱 とも)は、蚊 によって伝播するウエストナイルウイルス (西ナイルウイルス)による感染症 [1] 。感染症法 では四類感染症に、家畜伝染病予防法 において馬の流行性脳炎として法定伝染病にそれぞれ指定されている。
ウエストナイルウイルスは、1937年にウガンダ の西ナイル地方 で最初に分離された。日本脳炎 ウイルス、デングウイルス と同じ、フラビウイルス科 フラビウイルス属に属する。
このウイルスは1937年にウガンダで発見され、1999年に北米で最初に検出された[1] [2] 。ウエストナイルウイルスはヨーロッパ、アフリカ、アジア、オーストラリア、北米で発生している[1] 。米国では、年間数千件の症例が報告されており、そのほとんどが8月と9月に発生している[3] 。アウトブレイク となる可能性を持っている[2] 。馬に感染した場合は重度な症状となる可能性があり、ワクチンが存在する[2] 。渡り鳥の監視システムは、人類にアウトブレイクする潜在的可能性を早期に発見するのに役立つ[2] 。
症状
感染者のうち80%は症状が現れない(有症状率は20%)。
ウエストナイル熱
潜伏期間 は通常2〜6日。発熱 ・頭痛 ・咽頭痛 ・背部痛 ・筋肉痛 ・関節痛 が主な症状である。発疹 (特に胸背部の丘疹 が特徴的。痒みや疼痛を伴うこともある。)・リンパ節 が腫れる・腹痛 ・嘔吐 ・結膜炎 などの症状が出ることもある。
ウエストナイル脳炎
感染者の0.6 - 0.7%(発症者の3〜3.5%)がウエストナイル脳炎を起こす。病変は中枢神経 系であり、脳幹・脊髄も侵される。よって、激しい頭痛 ・高熱・嘔吐 ・精神錯乱 ・筋力 低下・呼吸 不全・昏睡 、不全麻痺 ・弛緩性麻痺 など多様な症状を呈し、死に至ることもある。また、網膜脈絡膜炎も併発する。
感染経路
ウエストナイルウイルスの増幅動物は鳥である。鳥からの吸血時にウイルスに感染 したイエカ やヤブカ などに刺されることで感染する。米国で感染が確認された鳥類は、220種類以上におよぶ。特にカラス、アオカケス、イエスズメ、クロワカモメ、メキシコマシコなどで高いウイルス血症 を呈する。ヒト 同士の直接感染は起こらないが、輸血 と臓器移植 は例外である。
検査
血清診断
抗体のペア血清 を行う。ただし、他のフラビウイルスと交差反応 を示すため注意が必要。日本脳炎ワクチン を最近、接種した患者も陽性になりうる。よって偽陽性 が非常に多い。
病原体診断
脳脊髄液より採取。PCR法 でウイルス遺伝子の検出が認められれば確定となる。ただし、感度が低い。
予防
スペイン語 で西ナイルウイルスへの警告を呼びかけるポスター (2008年 、ロサンゼルス )
ヒト用のワクチンは実用化に至っていないため、ウエストナイルウイルスの感染地域への旅行の際には、事前の準備が必要となる。アメリカ疾病予防管理センター (CDC)によれば、ウエストナイルウイルスに感染し、重篤な症状に至るケースは特に50歳以上に多い。なお、馬用のワクチンは実用化されている。
蔓延防止対策
ウエストナイルウイルスを媒介する蚊は、都市 に生息するカ でも感染するため、日本にウイルスが拡散しても、殺虫剤 「フェンチオン 」の航空散布という手段を取ることは効果的でない。
ウイルスを媒介する蚊の駆除が最優先される。
アメリカ合衆国では、蚊の幼虫(ボウフラ )の繁殖を阻止するために、住宅地のプール の清掃や水抜きなどの管理、航空機によるフェンチオン の散布が行われている。しかし、住宅地以外の森林 や湿地 への対策は、面積が広すぎて不可能となっており、拡大を十分に食い止めることができていない状況にある。
治療
特異的な治療はないため、対症療法 のみで治療する。
疫学
この節は検証可能 な参考文献や出典 が全く示されていないか、不十分です。 出典を追加 して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方 ) 出典検索? : "ウエストナイル熱" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL (2009年3月 )
ウエストナイルウイルスの分布圏(2006年)
ウエストナイルウイルス自体は、最初に発見されたアフリカ以外に、オセアニア、北アメリカ、中東、中央アジア、ヨーロッパに広がっている。1990年代以降、感染者が報告されたのはアメリカ 、アルジェリア 、イスラエル 、カナダ 、コンゴ民主共和国 、チェコ 、ルーマニア 、ロシア である。アメリカ合衆国本土 全体でウイルスが見つかっており、2005年米国だけで発症者3000人、死者119人が報告されている。
アメリカ疾病予防管理センター(CDC) は当初、セントルイス脳炎だと誤った情報を発表したが、ブロンクス動物園 の病理主任より真の原因は新しい病原菌によるものだから調べて欲しいという要請を断ってしまう。しかし、動物園側が国立獣医学研究所と陸軍感染症研究所に検査を依頼してウエストナイルウイルスが発見された。そのため、アメリカ疾病予防センターは非難の的になった。
アメリカでは臓器提供者から移植を受けた患者の事例や輸血による感染例の多発が2002年〜2003年にかけて問題になったことがある[4] 。
日本
日本 では、2005年9月にアメリカ合衆国 カリフォルニア州 ロサンゼルス から帰国した30歳代の男性会社員が、川崎市立川崎病院 で診察を受け、国立感染症研究所 での血液検査 をした結果、日本初のウエストナイル熱患者と診断された[5] 。
歴史
西ナイルウイルスは、その名のとおり西ナイル地方(ナイル川 の西)で見つかった。19世紀末、イギリス領スーダン (英埃領スーダン )南部の白ナイル川 西岸地域を西ナイル地方と呼んでいたが、この地方は一時期ベルギー領コンゴ に属し、1912年 にはイギリス領ウガンダ に編入されて西ナイル州とされた。西ナイルウイルスは、1937年 、黄熱 の研究者がウガンダの西ナイル州の女性の熱病患者から単離したウイルスである[6] [7] 。
従来、日本脳炎ウイルスグループにおいては、世界地図上でのみごとな地理的棲み分けがなされていた。狭義の日本脳炎ウイルスがインド以東の東アジア ・東南アジア 、マレーヴァレーウイルスが一部の東南アジア、クンジンウイルスがオーストラリア 、セントルイス脳炎ウイルスがアメリカ大陸 、そして西ナイルウイルスが発見地アフリカ のほか、オセアニア 、中東 、中央アジア 、西アジア 、ヨーロッパ の各地である。
このような地理的棲み分けに対し、異変が生じたのは、1999年 8月23日 のことであった。アメリカ合衆国 ニューヨーク市 クイーンズ区 内の病院の内科医 が2例の脳炎 患者症例を報告し、その後、市保健局の調べによって他に6例の脳炎患者をクイーンズ区内で確認した。ヒトにおける脳炎の流行に相前後して、ニューヨークでは大量のカラス が死亡していた。9月7日 から9日にかけてはブロンクス動物園 (ニューヨーク市ブロンクス区 )で2羽のフラミンゴ と、ウ とアジアキジ それぞれ1羽の死亡が確認された[6] 。
当初、ヒトや鳥類 の死亡はセントルイス脳炎ウイルスによるものと診断された。しかし、その後、アメリカ疾病予防管理センター (CDC)の調べで、ヒト、トリ、蚊 より分離されたウイルスは西ナイルウイルスであることが判明した。従来、西ナイルウイルスはアメリカ大陸にはまったく存在しないと思われていたので、この事実は米国全土に衝撃をあたえた[6] 。
以後、2010年現在までアメリカ全土で西ナイルウイルスが見つかっている。このウイルスを病原体とするウエストナイル熱・ウエストナイル脳炎 の最多患者数を記録した2003年 には、合衆国だけで患者9,862人、死亡264人が報告されており、この年はさらに隣接するカナダ 、メキシコ 両国への広がりも確認された。媒介する蚊は、トビイロイエカ などアカイエカ の仲間を中心に13種(2009年 にはさらに増加して60余種)、中間宿主 である鳥類ではカラス、ブルージェイ 、スズメ 、タカ 、ハト など220種以上におよぶ種 から西ナイルウイルスが分離された[6] 。
動物媒介性の感染症の新たな出現や伝播は、飛行機 や船 による人類 や文物の大量移動を基礎として、たとえば近代化 ・工業化 や地球温暖化 などによって媒介動物である蚊の生息条件が変化して分布域が変動・拡散し、また、その宿主の生息域が変動するなどの事象によっており、「感染症の生態学」と呼ぶべきひとつの研究領域が成り立つような条件を生じさせているが、他方では、アレクサンドロスの死因のように、過去にさかのぼって史実の解釈さえ再検討の俎上に乗せる可能性を有している[6] 。
アレクサンドロス大王
従来、紀元前323年 6月10日 にメソポタミア のバビロン で死去したマケドニア王国 のアレクサンドロス3世 (大王)は、その高熱 という症状やインド からの帰還での死という地理的要素から、古来、死因はマラリア であると考えられてきた。しかし、2003年 、アレクサンドロスの死は西ナイルウイルスによるウエストナイル脳炎 ではなかったかという学説が登場した[8] 。その根拠は、古代のバビロンが現代の西ナイルウイルスの流行する分布域に属していることのほか、1世紀 から2世紀 にかけて活躍したギリシア人 著述家プルタルコス の『対比列伝 』(「プルターク英雄伝」)[9] のなかの以下のような記述である。
アレクサンドロスがバビュローンに入ろうとしている時に、(中略) 城壁のところまで行くと、多くのカラスが喧嘩をして互いにつつきあい、その内幾羽かが大王の足元に落ちた。
公的な記録によれば、アレクサンドロス大王は高熱を発してずっと熱が下がらず、そのあいだ激しくのど が渇いて葡萄酒 を飲み、うわごとがはじまって、発熱後10日目に亡くなったといわれる。これらの症状は、ウエストナイル熱やウエストナイル脳炎であったと主張する人がいる[6] 。
脚注
関連項目
外部リンク
一類感染症 二類感染症 三類感染症 四類感染症 五類感染症 新型インフルエンザ等 感染症