山本 洋一(やまもと よういち、1957年2月24日 - )は大阪府出身のプロゴルファー。
茨木カンツリー倶楽部とは目の鼻の先にある茨木市立豊川中学校出身[1] [2]で、山本善隆・中村通[3]、宮本康弘・前田新作・井戸木鴻樹も同校出身である[4]。
12歳からゴルフを始め、今田慶之助に師事し、1981年にプロ入りする[1]。
1984年の兵庫県オープンでは前田新作・吉川一雄・甲斐俊光に次ぐと同時に友利勝良・入江勉・木村政信を抑えての5位[5]、1985年にはデサント大阪オープンでは中尾豊健と並んでの7位タイ[6]に入った。
1985年の兵庫県オープンでは初日を吉川と並んで山本己沙雄の2位タイ[7]でスタートし、最終日には吉川・山本己に次ぐと同時に塩田昌宏・宮本康弘と並んでの3位タイ[8]に入った。
1986年には美津濃オープンで青木基正・岩下吉久・石井裕士、デビッド・イシイ(アメリカ)と並んでの8位タイ[9]に入った。
1988年のデザント大阪オープン[1]では最終日に65をマークし、杉原輝雄・金山和雄・寺田寿・中村を抑えると同時に宮本省三をプレーオフで下して優勝[10]。
同年の関西プロでは倉本昌弘・三上法夫・秋富由利夫・中村忠夫・中村・甲斐・中村彰男・友利に次ぐ10位タイ[11]に入る。
1989年には新韓東海オープン(韓国)で2連覇を狙う地元のパク・ナムシンは1打差抑え、1984年の海老原清治[12]以来5年ぶり2人目の日本人優勝を飾る[13] [14]。
1991年のダイドードリンコ静岡オープンでは磯村芳幸・友利と並んで10位タイ[15]に入り、1999年の同大会[16]を最後にレギュラーツアーから引退。