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フジテレビのアナウンサー一覧(フジテレビのアナウンサーいちらん)は、フジテレビジョン 編成制作局 アナウンス室[1]に所属するアナウンサーを一覧にしたものである。
アナウンス室の管理職
現職アナウンサー
旧ニッポン放送時代からの通算、フジテレビへの入社年順に表記。〇はニッポン放送への入社を経て、2006年4月1日にフジテレビへと自動的に転籍したアナウンサー。
男性
女性
元アナウンサー
旧ニッポン放送時代からの通算、入社年順に表記。部署・役職等は現在判明している最終の類。
他部署へ異動
丸かっこ内の数字は編成制作局アナウンス室在籍期間。
- 男性
- 川端健嗣(1984年 - 2013年、秘書室役員待遇会長秘書チーフ)
- 智田裕一(1989年 - 2005年、ニュース総局報道局経済部長兼解説委員)
- 小泉陽一(1991年 - 1995年、ニュース総局報道局解説委員)
- 川原浩揮(旧姓岡田)(2001年 - 2005年、ニュース総局報道局報道センター)
- 森下知哉(2001年 - 2009年、ニュース総局報道局取材センター社会部司法クラブ記者)
- 福永一茂(1998年 - 2017年、営業局でローカル営業部の副部長を務めた後に、2022年7月1日付でアナウンサーとして岩手めんこいテレビへ出向[7])
- 小穴浩司(2006年 - 2011年、2014年 - 2021年、広報局、2011年から2014年までは報道局)
- 大村晟(2014年 - 2021年、ニュース総局スポーツ局)
- 女性
- 阿部知代(1986年 - 2015年、ニュース総局報道局報道センターマルチデバイスニュース制作部)
- 青木美枝(1987年 - 1996年、経理局財務部謝金担当)
- 木幡美子(1989年 - 2011年、総務局次長兼CSR・SDGs推進室部長)平成最初の入社
- 藤村さおり(1996年 - 2021年、ニュース総局報道局FNNプロデュース部部長)
- 春日由実(1997年 - 2017年、広報局企業広報部副部長)
- 森本さやか(2001年 - 2021年、人事局)21世紀最初の入社
- 秋元優里(2006年 - 2019年、編成制作局コンテンツ事業センターコンテンツ事業部国際ビジネス担当)
- 冨田憲子(2001年 - 2012年、ニュース総局報道局)
- 山本麻祐子(1999年 - 2012年、広報局広報室広報部)
- 細貝沙羅(2010年 - 2016年、人事局人事部)
退社
丸かっこ内の数字はフジテレビ在籍期間。特記事項の無い人物は主にフリーアナウンサーやニュースキャスター・司会者・タレントとして活動している(在職中に死去した人物も含む)。※はアナウンス室長経験者。●は故人。
男性
- 青柳森●(文化放送アナウンサー第2期生 1957年11月フジテレビ開局準備委員、開局後同局アナウンサー兼務) - 2019年に死去
- 小篠菊雄※●(1958年 - ?) - 2020年に死去
- 高橋博※●(元NHK、ニッポン放送、1958年 - 1968年?) - フジテレビ初代アナウンス室長、1982年に死去
- 鶴岡巍(1958年 - 1964年) - 東京12チャンネル(現テレビ東京)へ移籍
- 今井彬※●(元ニッポン放送、1959年 - ?) - 2006年に死去
- 角谷優(1961年 - 2003年) - 後に映画部長、FCI社長を経て、現在も映画関連に関わる
- 辻川一徳(1961年 - ?) - 後にBBC日本語放送に出向後、ロンドン・ベルリンの支局長などを務め2001年に退社。
- 塚田幸久(1961年 - ?)
- 鳥居滋夫●(元文化放送、1962年 - ?) - 2007年に死去
- 山田祐嗣※●(元ニッポン放送、1962年 - 1989年) - 2020年11月に死去[8]。
- 岩佐徹(1963年 - 1998年) - 他部署を経てWOWOWへ出向。フジテレビ定年退職後もWOWOW専属契約のアナウンサーとして活躍し、2005年9月に同局との契約を終了
- 露木茂(1963年 - 2002年) - フリーアナウンサー・東京国際大学特命教授・客員教授
- 能村庸一●(1963年 - 2011年[9]) - 鬼平犯科帳、剣客商売などの時代劇をプロデュース。2017年5月に死去[10]。
- 境政郎(1964年 - 1980年) - 編成局などを経て現・エフシージー総合研究所社長
- 永島信道※(1964年 - 2002年) - フリーアナウンサー・フジテレビアナトレ特別講師
- 浪久圭司(1964年 - 2009年) - 後に常務、BSフジ代表取締役社長、BSフジ代表取締役会長(2009年まで)を歴任後、朗読者
- 盛山毅(1964年 - 1987年) - 1987年広報部長に異動。後に共同テレビジョンへ移籍。同社顧問
- 小林大輔(1965年 - 1989年) - フリーアナウンサー・司会者・朗読者
- 大林宏(1966年 - 2002年) - 上武大学客員教授
- 野間脩平※(1966年 - 2003年) - フリーアナウンサー・フジテレビアナトレ特別講師。妻は竹下典子。
- 逸見政孝●(1968年 - 1988年) - フリーアナウンサー、 - 1993年12月に死去。
- 松倉悦郎(1968年 - 2002年) - 浄土真宗本願寺派僧侶
- 山川建夫(1968年 - 1985年) - フリーアナウンサー・フジテレビアナトレ特別講師
- 大川和彦(1971年 - 2007年) - フジサンケイ人材センター開発部長(役員待遇)
- 須田哲夫(1971年 - 2019年) - 解説委員兼務の嘱託
- 増田明男(1973年 - 2010年) - 後にFNNソウル支局長→報道局解説委員。
- 堺正幸※(1975年 - 2012年)- フリーアナウンサー、2009年以降CSR推進室専任局長などを歴任
- 陣内誠※(1976年 - 2010年) - スタジオアルタ代表取締役専務
- 福井謙二※(1976年 - 2013年) - フリーアナウンサー
- 近藤雄介(1979年 - 2015年) - フリーアナウンサー
- 野崎昌一(1979年 - 2012年) - ネクステップ執行役員を経てフリーアナウンサー
- 山中秀樹(1981年 - 2006年) - フリーアナウンサー
- 向坂樹興(1982年 - 2020年) - フリーアナウンサー
- 牧原俊幸※(1983年 - 2018年) - フリーアナウンサー
- 吉沢孝明(1984年 - 2017年) - フリーアナウンサー
- 田中亮介(元NHK、1986年 - 2014年)- 後に他部署
- 横井克裕(1986年 - 2022年)- 1996年に他部署に異動
- 笠井信輔(1987年 - 2019年) - フリーアナウンサー
- 塩原恒夫(1987年 - 2022年)- 2017年に他部署に異動
- 境鶴丸(1989年 - 2022年)- 2016年に他部署に異動。現在も一部の番組としての広報担当も務めている。
- 野島卓(1989年 - 2022年)- フリーアナウンサー
- 長坂哲夫(1990年 - 2022年)- フリーアナウンサー。2009年に他部署に異動
- 吉田伸男(1990年 - 2015年) - 東部重工業代表取締役社長を経て、フリーアナウンサー
- 福原直英(1992年 - 2022年)- フリーアナウンサー
- 桜井堅一朗●(1997年 - 2021年) - お台場本社最初の入社、2005年にアナウンス部を離れ、スポーツ局在籍中の2021年4月に死去[11]。
- 八馬淳也(1998年 - 2022年)- 2003年に他部署に異動
- 長谷川豊(1999年 - 2013年)- フリーアナウンサー。2010年9月から2012年6月まではニューヨーク支局勤務、その後人事局付→著作権部を経て退社
- 渡邉卓哉(2002年 - 2016年)- フジサンケイ・コミュニケーションズ・インターナショナル出向を経て退社
- 田中大貴(2003年 - 2018年) - フリーアナウンサー
- 栗村智(1977年 - 2006年) - 同年4月にニッポン放送から転籍するも、7月に再転籍
- 塚越孝●(1977年 - 2012年) - 2011年にアナウンス部を離れ、他部署在籍中の2012年6月に死去
- 松元真一郎(元福島放送→中京テレビ→ニッポン放送(旧)、1992年 - 2012年) - フリーアナウンサー・ナレーター
- 小野浩慈(1979年 - 2015年)- フリーアナウンサー
- 桜庭亮平(1983年 - 2017年)
- 鈴木芳彦(2003年 - 2022年) - フリーアナウンサー
- 内野泰輔(2015年 - 2023年) - 不動産会社に転職、2022年に他部署に異動[12]
- 大島秀麿※(元NHK[注 1])
- 岡正● - 後に『うる星やつら』や『イタダキマン』などのプロデューサーを歴任、2019年10月に死去
- 奥田明利※(元NHK[注 2])
- 沢田純三※
- 長谷川恵一
- 本田義夫※
- 倉田充男(元NHK)
女性
関連人物
●は故人。
- 局契約
- 以下の4人はNHKより移籍
- 小川宏●(1965年 - 1987年、2016年に死去)
- 木村太郎(1988年 - 、記者)
- 大塚範一(1994年から数年間、専属解除後も継続出演)
- 宮川俊二(1994年 - 2003年)
- 系列局からの出向
- 共同テレビジョン所属・フジテレビ専属契約
- 出向・局契約含む。相川を除き現在もフリーアナウンサーとして活動
- デジタルアナウンサー
備考
ニューヨーク支局にアナウンサーを1名交代で派遣(フジサンケイ・コミュニケーションズ・インターナショナルへ出向)していた。期間は2年〜4年等と様々である。業務は、日本に向けて最新情報を伝えたり、ケーブルテレビを通じて「FCIモーニングEYE」で在米日本人向けに日本語でニュースを伝えるのが主である。2015年に阿部知代が帰国したのを最後として派遣されたアナウンサーはいない。
フジサンケイグループの共同テレビジョンに1993年に入社した関戸めぐみと、2000年に入社した相川梨絵・安藤幸代・滝川クリステルの3人は、同社にアナウンサー専門職として採用された後、フジテレビアナウンス室へ出向し、「専属契約アナウンサー」という形でアナウンス業務に当たっていた。
2006年4月にニッポン放送が放送事業を承継する新・ニッポン放送を分割設立し、社名変更したニッポン放送ホールディングスが親会社のフジテレビジョンに吸収されたことに伴い、11人のアナウンサーがフジテレビへと自動的に転籍した。自動的に転籍直後はラジオ番組に引き続き出演していたが、同年9月末を以て担当番組から外れた。なお、小野浩慈のみはフジテレビからの出向という形で、2007年10月から2009年3月までニッポン放送のスポーツ中継で実況を担当していた。また、栗村智は転籍3ヶ月後の7月にニッポン放送へと再度自動的に転籍(事実上復帰)した。
アナウンサー番組
- ニッポン放送
脚注
注釈
出典
関連項目
アナウンサーユニット
外部リンク